Sponsored Link
ブチ

一番の古株でした。名付け親は上司のF教授。年のせいか、のんびりとしていて、多くの人に可愛がられていました。最後は口腔内にできた腫瘍のために大好きな魚も食べられないようになりました。2000年冬、雪の深々と降る寒い夜、一人で静かに息を引き取りました。10才ははるかに越えていたでしょう。幸せだったのかな・・・。

ギンちゃん

B棟駐車場のすみにある原っぱに捨てられていました。そこは、以前から捨て猫が多いらしく、みかねた方がご飯をあげたり小屋を置いたりしていました。そこに国際交流会館が新築され、猫たちは住む場所を失って姿を消しました。数ヶ月後、ギンちゃんだけがやせ細って戻ってきました。きっと虫や草などで生き延びてきたのでしょう。臆病な性格でした。2002年夏、誘うように捨てられていた原っぱの方に誘導するんです。おかしいことをするな、と思っていましたが、その2日後、姿を消しました。享年15才。もう一度、会いたいよ、ギンちゃん・・・。

いじわるミーチャン

B棟中庭に捨てられました。幾度か出産していて、ジャックや白茶のお母さんでもあります。サチヨさんちのピッピの曾おばあさんです。人間にはとてもなつこくってお利口さんなのですが、猫にはとても意地悪なので、命名されました。血筋なのか子孫はみんな意地悪でした。白血病にて亡くなりました。

ジャック

いじわるミーチャンの息子です。いつまでも乳離れせず、ミーチャンと一緒でした。ミーチャンが白血病で亡くなると後を追うようにすぐに亡くなりました。

しろちゃ

いじわるみーちゃんの娘です。B棟中庭に住んで他の方が世話をされていましたが、2001年ころから娘のトラコ(2002年死亡)と共に住処を変え、お世話するようになりました。カトンボみたいに細くても、元気一杯、他の猫に意地悪してました。2002年秋ころから、抱っこできるまでに慣れましたが、2003年2月、住処にしていたボイラー横を「動物生命科学センター」建設のために追われ、そのまま行方不明になりました。動物の命を救うはずが、動物の命を犠牲にするなんて・・・皮肉ですね。

やさしいの

R棟を住処にしていました。島倉千代子みたいなとても優しい声の持ち主だったので、この名前が。子猫が突然いなくなってしまい(人間か?狸の仕業か?)、子猫を探す悲痛な声は今でも忘れられません。避妊手術後、急に元気がなくなり、腹部が腫れ、FIPにて亡くなりました。やさしいのがなくなった日、子供たちも、姿を見せませんでした。きっとお母さんを送ってあげたのでしょうね。

←next